放浪記 ~放浪前夜~
この前の金曜日の夜のこと。柴崎さんみたいに書いてみたい。締め切り…11月中。
2017年11月17日(金)
パワハラにあった。
とにかく名古屋に帰るんだ! と言って、連れ去られるみたいにして帰った。
「金曜日に出張で大阪に行くから、そのまま一緒に帰ろう。こんなときは帰ったほうがいいよ」
と言われたら初めてそんな気がして、大丈夫だって思おうとしていたことに気付いた。
用事を済ませて新大阪に向かう途中、彼女からLINEが入る。
「いちばん目立つコートで待ってるから。」
駅のチケット売り場の列にいるって言ったのに見つからない。ヒョウ柄の人はいるけど無視。
人が多くて見当たらない。どこ? みんな地味な色の恰好をしている。
ヒョウ柄の人こっち見てる。手挙げてる。え? 二度見して確認する。彼女だった。
「スーツの上にヒョウ柄のコート着てきたよ」って言ってる。
全国美術科教員の研修会@大阪だから。
喜んで写真撮る。もう来てよかった。
「(ヒョウ柄の下)スーツなんだね。」
ちょっとショック。私はスーツはもう着れない気がしていて、彼女は勝手に一緒だと思っていた。
「校長の顔つぶせないからね。一緒に行ったし。」
社会性あり。ヒョウ柄との兼ね合い。拮抗。折衝。落としどころ。
新幹線で何から話せばいいかわからないでいたら、彼女が話し始めた。
・学生時代、自分の大学を訴えた話。教授のセクハラが許せなかった。友達は離れていった。
・自分はあんまり遭わなかったけど、みんなにしてるようだった。
・近くに残った友達は二人で、横山君と後輩のマイちゃん。
・横山君って石仏彫刻の? そう。
・録音と資料こんなに用意した。自分でもちょっとおかしかったと思う。
・勝てないとわかってる案件だから、最初から弁護士に嫌がられた。新しい弁護士探してるときに大学が教授に懲戒出した。でも三か月ぐらいの減給で、免職にはならなかった。
・戦うならポリシー持って戦うほうがいい。一年ぐらいかかるけど、お金じゃないから。何が正しいかの戦いだから。#&$$+*|¥
聞いているうちに、私に、やっと言いたいことが生まれた。
・私は勝ちたいけど相手にわからせたいわけではもうなくて、
それはたぶんもう無理なことで、別にあの町の教育をよくしたいとか変えたいとか、
全然思ってなくてどうでもよくて、お金も時間もかけたくない。早くこの不安から抜け出したい。もう誰にも会いたくない。
弁護士さんに全部やってほしい。それが私の望み。
ってことだった。
昨日テレビで護身術の人が言ってたけど、
勝たなくていいんだって。負けなければいい。いちばんいいのは逃げること。
って髭のその人が言って、画面の端にウサイン・ボルトが映った。
名古屋駅に着いた。街の夜が好き。浮かれて早足で歩きながら喋る。
・こんなとこにコメ兵できたの?
・そう。マイちゃん働いてる。あ、もう12月に結婚して旦那さんについてアメリカ行っちゃう。マイちゃん全然遊んでくれなくなって寂しいんだ。彼氏に夢中で。あ、旦那さんか。
・今日のお店ね、高校生の時から通っていたお好み焼き屋さんにした。名駅から伏見に歩く途中の路地みたいなとこにある。納屋橋? の近く。近くはラブホ街。
お店はバブルっぽいつくりの建物で、外扉を入ると置石みたいなのが点々とあって、その下に水が流れてる。石はまあまあの大きさと高さで、うっかり踏み外すと靴が水につかる。わりと集中して飛び跳ねていかないと次の石に行けない。度を越した遊び心っていうか、今さら、誰向きの石なのかわからない。これは絶対バブルのなごり。
「安いから高校生の時からよく来てた。ひとりで」
Kさんがやってきた。
二人に、さっき発見した私の望みを話した。
二人とも、じゃあそうしたらいいよね。辞めて、きっとこれから楽しいことが待ってるよ。と言ってくれた。
二軒目に向かう道で、彼女が歌うように、
「お店全然変わってなかったな~高校生の時からよく来てたから。」
と言うから、私とKさんは、
「じゃあ店主と顔なじみとか? 久しぶり~元気!? とか??」
と聞く。彼女は、ケロッとした顔で、
「全然?」
「……だって自分でさんざん高校生の時から来てたっていうからさ。ねえ? 店主と顔見知りとかぐらいありそうじゃんね。」
「ねー。……」
「別に。ただ来てただけだから。知らないし、店主とか。バイトじゃない? どんどん代わってるんじゃない?」
「知らないの?」
「知らないよ、一人も。」
良い夜だった。こんな夜がこれから何度もあるなんて、まだ知らなかったな。