むりむりちゃん日記

私が孤独なのは私のせいではない

お話を聴く会が終わりました❀③

お話会が終わった後に、振り返りの時間があったのがうれしかったのです。

それは私にとって、まるで「お話会パートⅡ」のようなものでした。

 

それぞれの用事に合わせて、6人→4人、4人→3人と、少しずつ人々が帰って行って、残った人たちで、なんとなく「今日どうだった?」の話になった。


反省会大好き典型的ジャパニーズ(なのか? 笑)の私は、「で、どうだった?!」という「振り返り」をいつも聞きたくてたまらない。

というより、言いたくてたまらないのだと思う。


べつに褒めてほしいというわけじゃなくて(そういうときもある)、

「これがうれしかったの!」

「このことを発見したの!」

「これに感動したの!」

と今言いたくてたまらないし、そういうはっきりとしたものにまだなっていない感情について話したいのだ。

話しながら見つけていくことや、知っていくことがあるし、それには他者が必要みたい。

「そうかあ」とか「うんうん」とか「…せやな!」という、ありがたき相づちがあって、同時に、他の人達のもった感想を聴いて、そうしてまた私は張り切って考えることができるようだ。

それは、「うまくいったとき」に限らない。「反省会」の名の通り、まじで反省したい時こそ、一人では居られない。

いや、どうせ帰って家で一人で反省するのだ。それも数日にわたって延々。

でもそんなのは一人すぎるから恐怖で、できることなら人と一緒にしていたいんだよ。

 

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「反省会」で一緒に話しながらたどり着いたことについて、teracoのまみさんが書いていた。

 

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teracoかれーパン

先日の渡邊恵さんの

お話会での
teracoかれーパン

生きたお話の横で
できあがってゆく

生きたジビエかれーパン

軸となったのは
椅子や太鼓をつくる大学生の就職活動と
現役先生の海外での話でした

 

その人の中にあるものや、行動の動機になるものをちゃんと聞くことで
「ある」気持ちがなかったことにならない
なかったことにしてしまうこともたくさん有ると思うんだけど

共有することにより
(だれかを変えようとか攻撃するとかでなく)
いつか自分の中でもなにかが育っていくようになるのだなーと思います

 

みんなで一緒にお話を聴きながら、

話さなければ無かったことになるんだなあ~って思いました。


本当はあるのに。

一人ではなかなか深く掘り下げないし、メモもできない時がある。

そうして忘れてしまう。

(りんりんちゃんと生徒さんたちの共通の恐怖は、「日本に帰ったら忘れてしまうこと」だったらしい。これも切実で、純粋すぎて、愛おしくて泣ける。)


自分だけではわからなかった(けど、何か心に引っかかっている)ことは、

誰かに向けて発されて、誰かに受け止められて、見えるものになる。

なんだかバレーボールのトスみたいに、ポーンと打ったり打たなかったりして、拾ったり拾われたりしていくものなのだと思う。

拾えなくても、誰かの、みんなの心の中に確実に跡をのこす。

 

かよちゃんが、「誰の中にもお話があると思う」と言ったのは、私にとっての大きな希望だった。

こんなふうに若い人が、そういうことを信じて、言ってくれている。


「自分の中のお話」を表現する手段は、必ずしも「言葉」でなくて(楽器や音楽かもしれない!)、
「(私と)同じ言葉」でもないのかもしれず、
また、もしかしたら「言葉にする」ということに慣れていない場合だってあるのかもしれない。(私が楽器や音楽に慣れていないように。)

でも、無いわけじゃないんだ。

 

聴いてもらうこと。
言ってもいいのだと、家族以外の他者に待たれること。
その時間を複数の人と共有すること。

 

それは、「一ヶ月で100万稼ぐ方法」でもなければ、「フォロワーを1000人に増やす方法」でもなくて、即効性や具体性とは縁遠く、心もとなくて、やっている本人たち(みんな)もどこか不安そうで、何より私がいちばん頼りない。
でも、たぶん、そういうことでしかないのだと思う。

たしかなことはちょっと怪しい。
断言するのは怖い。
疑いながら揺れながら、目の前の人の話を聴くしかないのだと思う。

でも、「聴きたい人」は私だけではないのだった!!
私が慣れない「司会」に舞い上がり、頭がポーッとなっていても、そのときその人の話を聴いていた人は4人も5人も居たんだよ。
これが希望でなくてなんだろう。

またみなさんのお話聴きたいな~☘

 

 

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この日は国際女性デーだったみたいでした。ミモザかわいいね~

お話会が終わりました✿②

次に話してくれたりんりんちゃんは現役の先生で、夏に行ったフィリピン研修の話をしてくれた。


お話会が始まる前に、ノートを見せてもらった。

参加生徒に配布したプリントが貼り付けてあったり、大事な連絡事項が書かれたページの下の方に、りんりんちゃんの字で「洗濯計画」と書いてあった。
「これなあに?」と聞くと、「洗濯の計画だよ。洗濯機無いから。手で洗うの。計画しなきゃ」と言うので、どっひゃー!! となる。


ところどころ、メモのようにその時りんりんちゃんが考えていたことが書いてあるのを見て、私は急にどきりとする。

その人の内面の生々しい部分を覗き見た気がするし、身体的にぐっと近くなるのを感じる。

それは、私自身が日記とか手紙とか、内面に近いものを常に書き続けているからだろうか。いや、この「メモ」は、そういう私の「見られる」前提のものとは違う、もっと生々しく、血とか、体温に近いものだ。

本当は全部読んでみたいけど、「いやーまーメグミさんになら見られてもいいけどなー。しまったな―そんなの書いてあったかー」と言っているので、遠慮して見る。(でも見る!)

日記とか手記とかメモとかにどうしても惹かれてしまう。そういうものを書く人にも。

 

りんりんちゃんや生徒たちは、修道院の寮にみんなで滞在し、時々、訪問した学校の生徒の家で「ショートステイ」をしてお昼ご飯を食べたりした。

それは、いわゆる「貧困に近い家庭」の暮らしを間近で見るという経験だった。

1ヶ月ほど前にりんりんちゃんと二人でお茶したとき、私は最初にその話を聴いた。りんりんちゃんは、「何かしなくちゃと思うけど、日本に帰って来て、私は自分の生活を変えることもできないし自分にできることがないって思う」というようなことをつぶやいていた。
フィリピンに行っていない私に想像できることは少なく、何を言っていいのかもわからなかった。ただ、りんりんちゃんがそのことについて、どうにもしがたい思いを持っていることが伝わり、そのことが忘れられなかった。それで、もっともっと話を聴きたいと思ったのだった。

お話会では、りんりんちゃんは、「自分たちは物を持ちすぎていると感じた」「たくさんのものがいらない」という表現をしていた)ということや、「多く持っているのなら、より必要な人に分ければいいのだ」という気付きについて話してくれた。

 

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りんりんちゃんのフィリピンお土産。作り方を習って、女性たちが作ったんだって~

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かわいいね~


私は聴きながら、自分には到底行けない場所だという気がした。

お話会が始まる前まではなんとなく自分も行ったような、行けるような気で聴いていたことを思い知らされるような、恥じるような、いや~でも私も行きたい! ってなる……か…なあ?? という問いに、YESでもNOでもないようなあるような気分で聴いた。

ともかく、聴く前と今では、「自分は行けるかどうか」の感覚がまるで違うのだった。(そして、それぞれの人にとって、「大丈夫」なことや「究極に無理」なことが違う。)
さらに、実際にりんりんちゃんが話してくれたことも、私と二人で喫茶店に居た時とはやはり全然違うのだった。それは、より深い話だった。「施し」や「ボランティア活動」、「分けること」に対する日ごろ一人で考えていたことや、そういうことに対するある種の「慣れていないこと」や、「どう考えていいのかわからないこと」など。

それらは全部自分に戻ってきて、自分自身が問いかけられる番だった。


りんりんちゃんが考えながら話してくれたことや葛藤を、私たちはすぐに解決する術を持たない。でも、そういうことじゃなくて、りんりんちゃんが思い出したり、深く考えたことを一緒に分かち合ってくれたことがありがたいと思った。

りんりんちゃんの貴重な経験を聴いて、何かを知ったり、自分もフィリピンに行ったように思うのではなくて(そんなことはとても思えない)、その時に直面したり、ハッとしたり、突きつけられてノートに書いてきたメモの言葉が、それはりんりんちゃんの言葉だけど聴いている私たちの日常につながる言葉なのだと思った。

 

③につづく(最後です。)

 

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りんりんちゃんにもらった年賀状…というには枚数多すぎてもう手紙になっていたよ

 

お話を聴く会が終わりました🌷①

お話を聴く会が終わりました🌷①

 

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かわいいみんな

 

参加、応援、見守り、知っていてくれた方々、読んでくれているみなさま。
ありがとうございました。

振り返りを少しと、考えたことを少し、2回に分けて書きます。

 

当日は、二人の方が話してくれました。

 

一人は、関西の芸大に通う4年生。かよちゃん。


「こぶりでどっしりとした椅子(一人掛けのソファー)を作りたい!」というところから出発して、

「それってどういうの?」

「いったいなあに??」

という周囲の疑問に、自分でも自分に問い続けながら、また答えるようにして、

  • 「こぶりでどっしりとした猫の画像」を見せてイメージを膨らませたり、
  • 素材の観点から、「皮よりも布が近い……」とか、
  • 「『もふもふ』は行き過ぎ……」

 

・・・と、自分の作りたい「こぶりでどっしりとした椅子」に近づけていった。

かよちゃんの「こぶりでどっしりとした椅子」という言葉に、聴き手のみんなはトキメキが止まらず、さらに、
「こぶりでどっしりとした猫の画像!」とか、

「もふもふ……ではない」とか、

かよちゃんから飛び出すワードに魅了されて、そのたびにきゃーきゃー言いながら一緒につぶやく……。


その様子を見ていたteraco(本日の場所)のさくらまみさんが笑いながら、

「みんな、言葉が好きね~」
そう言われて、ハッ! とするみんな。
そうか~そうかもね。本日の共通点。


そして私は、<自分が知っていたかよちゃん>と、<椅子をジャーンと作り上げちゃったかよちゃん>が、この時ふわっとつながった気がしたのでした。

別につながらなくてもいいし、<私が知っていた(主に高校時代の)かよちゃん像>なんて私の中でのものに過ぎないし、たとえその全部がばらばらでも、断片的でも、それらは全部まさに「どっしりとしていて」魅力的だったから、私はそんなことは気にしていないと思っていた。
でも、やっぱり<大学生になって、あれよあれよという間に椅子まで作っちゃうかよちゃん>(大工専攻でもないのに!)は、私にはわかるようでわからない、まるで手の届かない未知の場所に飛んで行ってしまったようで、私はあこがれとともに、寂しさのようなとまどいのようなものを感じていたらしいのです。

私自身のあまりの変わらなさと比べたのかもしれない(わからない)。


それが、まみさんにかけられた「みんな、言葉が好きね~」という一言で、

ばらばらに見えたいろんなことが一本の線でつながったような気がした。

言葉がまず初めにあって、それを手掛かりに進めていくというやり方は、まんま文系の人の手探りのあり方だし、私が椅子作りに取り組むとしてもきっとどこかでその手順をふむだろうと予測できたし、つまり、かよちゃんは変わっていなかった。(変わっていてもいいのよ)

むしろ、かよちゃんのそれは純粋すぎるほど純粋で、「言葉フェチ」に近い、ある意味でとても不器用でなりふりかまわない自分の持てる限りの力を尽くした人の方法だと思ったら、愛おしくてたまらなくなった。


そしてこれが、「自分で考えてやる」ってことだし、自分の感覚と知識と経験と意思と、とにかく自分を信じてやるってことだと思ったら、その純粋性と「ただやる」ということのシンプルさ、そしてやり通すことのすごさのすべてが尊すぎて唐突に泣く(泣いてる)。


ただやりたいからやるんだ。どうしても頭の中に浮かんで消えないから作るんだね。なんで? なんて無いんだね。

 

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「こぶりでどっしりとした椅子」製作途中①

 

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「こぶりでどっしりとした椅子」製作途中②


お手本があるわけでもなく、師匠がいるわけでもない。完成に至るまでの、その像が見えなかった約10カ月の間の不安や恐れ、先の見えなさ、その中でもやり続けるにはどんな思いがあったのだろう・・・

というのは、本人以外には想像もつかないことだと思う。
仲間は8人いたと言うが、それぞれがみんな自分の椅子を作っているのだから、やっぱりみんな一人なのだろう。果てしない原っぱみたいな場所に一人で、ただやるしかない。すごい。

 そしてついに・・・

 

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こぶりでどっしりとした椅子完成ジャーン!

 

その後の卒業制作で作った「誰もまだ見たことのなかった太鼓」に至るキーワードは、「コミュニケーション」、「対話」、「技術不要」、「場」、「道に置きたい」だったんだって~。

ジャーン!!

 

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側面も叩けるの。小さい子どもがさわったりしていた。そして見て!後ろの絵…かわいすぎてもう泣。

 

絵を描いていたかよちゃんも、高校時代「先生の授業好きです~」と言ってくれていたかよちゃんも、「こぶりでどっしりとした椅子」を作ったかよちゃんも、「誰もまだ見たことがなかった太鼓」を作ったかよちゃんも、全部すごくて全部いいと思っていたし、別に「一本につながる線」はなくてもいいのだけど、それらのなかに何があるのか私は知りたかったのだと思う。

それぞれにどれも単なる思いつきではなさそうなものがあって、私はそれがどうしても知りたかった。

だってそれらはやっぱり「どっしりとして」いたから。

お話を聴いてわかったのは、かよちゃんは、言葉でも、言葉でない形でも、「対話」ということに向かっているということだった。見せてくれた卒業論文でも、「太鼓」でも、そしてこれから先も。

ところどころ、私の考えてきたことに重なる部分もあるな~と思ってみてすぐに、いやいやとてもかよちゃんには及ばないなとわかる。

かよちゃんの、外にひらいていて、あちこちに伸びているところはすごい。

それを、私も目指したいと思う。

 

②につづく

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いつかの大学祭でかよちゃんが描いてくれた私。にてる~ かよちゃんはにがおえ好き

 

春のはじめのお話会のお知らせ🌷

こんにちは。


雨が降り、身体の芯まで冷えきって、ふたたび冬の寒さを痛感した夜が明け、

朝起きたら晴れていました。
パソコンを持って外に出たら、街路樹の白いモクレンは満開で、

植木鉢に美しく入れられて電灯の柱にぶら下がっているピンクと緑の花々は咲き誇り、

今にもあふれそうでした。

……ん? 電灯にぶら下げられている植木鉢? こんなのあったっけ? 

知らなかった。知らなかったよ。

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写真を撮るのを忘れたので絵を描きました

 

学校を辞めてもうすぐ2年がたちます。

先日、近所の古本屋で『二年間の休暇』という児童文学を見つけました。

十五少年漂流記』の別名らしい。一緒にいた友達が教えてくれた。

私は、「二年間の休暇かあ」と思い、自分もそうだなあと思い、そして唐突に、

「それはきっともうすぐ終わる」という気がしました。

働きたくなったし、働けると思ったし、あるいは十分に「漂流」したと思ったのかもしれません。
ただ単にお金がなくなってきたというのもあります笑。


でも、不思議なことに、時期が来たのだとわかった気がしました。

二年前、私は絶望しながら学校を辞めて、

社会にも、地震や台風や大雨などの災害にも、日本の政府にも、

怒りと失望と諦念とやっぱり怒りを繰り返しつのらせていました。


私は、引っ越して、本を出し、新しい友達と出会い、知らない街を歩き、

時々アルバイトをし、また人に出会いました。

 

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道のモクレンだよ~

それは、2019年の12月のことでした。
「何が起きても大丈夫で、急に家がなくなったとしても、家族や友達がいるから生きていけるよ」と言った人がいました。

 

それは理想で理想で理想の話だと思いました。
同時に、私はそれを信じたいし信じられるんじゃないかと思ったのでした。

思ったそばから、自分で自分にびっくりしました。
私はそんなふうに思うのか。思えるのか。


大きな地震が来たらもう終わりだし、信用の置けない国や社会の中で一人で生きている自分は絶望と隣り合わせだと思っていました。
絶望の放つ強烈な暗闇の方に自ら引き寄せられに行っていたのだろうとも思います。
もうこれ以上絶望したくなくて、絶望していたのかもしれません。

 

でも、今、どんなふうに生きていたいか? と考えた時、

私は絶望じゃなくて、何が起きても生きていけると思いたい。

一人じゃない世界で、必ず誰かが助けてくれると思っていたい。

自分も助けるし、助けたい。

誰かが誰かを支える。そういうふうにして、外にむかってひらいていきたい。


二年間の休暇」の最後に、私はそんなことを思い始めたのでした。

すると、不思議なことに、昔の友達から手紙が来るようになりました。

友達と友達が友達になり始めました。

友達ってこうして作るんだな~。

 

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靭公園の近くの道のミモザと二つのクレープ

こんなふうに、これからいろいろしていきたいな~と思います。
そのいちばんはじめの会として。

お話を聴く会をします~🌷

 

春のはじめのお話会のお知らせ🌷

  • 日時  3月8日(日)12:00~
  • 場所  teraco  宝塚市旭町1丁目16-8
  • 行き方 阪急清荒神駅から徒歩5分
  • お話してくれる人 かよちゃん
  • 参加費 500円 ワンドリンク付き
  • ジビエカレーパンの販売もあります。
  • ◇持ち寄り大歓迎です。

 

🔹かよちゃんのご紹介
関西の芸大生。
久しぶりに会ったら、「大学で、椅子や太鼓を作った」と写真を見せてもらってびっくり仰天。
「どっしりとした小ぶりのソファー」と、「まだこの世界に存在にしていなかった太鼓」をしっかり作り上げていた!
家具&楽器??!!??
あれれ??
絵画専攻じゃなかったっけ? 
高校時代は、「就職を見据えて、プロダクトデザイン(商品のパッケージやラベルとかの)を学びたい」と言っていた記憶も……。

こんなに立派な「家具」と「楽器」を作るには、さぞ、基礎知識の習得や練習、下積みの時代があったのでしょう~?? 

と思って聞くと、かよちゃんは、「やりたい!」から出発して、

そのつど、観察や設計図作り、計算、試作を繰り返して完成させたのだと言う。
え? ていうかそもそもかよちゃん、理系とか緻密な計算とか……

「全然得意じゃないです」
だよね~。バリバリ文系だったもん。

それなのに、「やりたいから!」ってやっちゃう? 
私の場合は、「だってできないし……」から始まるので、そもそも「やりたい!」は生まれない(書いてて悲しい)。

万が一、「やりたい!」が生まれたとしたら、順番に、「じゃあまず基礎知識の学習からだな~」と言って本屋でテキスト探すか、専門学校通うよ。


すごいねーかよちゃん。びっくり感動する私をよそに、

「いえいえべつに~」とにこにこ、終始ひかえめなかよちゃん。


「やりたいからやる」のだというかよちゃんの姿に、私は、素朴で自然な流れを見たし、それによってかよちゃんが、「やってみる」のでなければ得られないことを自分の感覚と力でを一つずつ掴んでいることに感動したのだと思う。


「楽器って、美しい音が鳴ることを人々は期待するんだな~と知った」とかよちゃんは言う。
「そのことは太鼓を作るまで知らなかった。『音が鳴る』ことを目指して作ったから、人々は『音の美しさ』を期待するんだって初めて知った」

という言葉は、素朴でとても重いと私は思う。


美しさとは何か? 

それは楽器によって違うのか? 

人によっても違う? 

音と絵の美しさは違うの??? 

 

様々なことが浮かぶ。考えたり、話したり、試したりしたくなる。わくわくする。


「言葉によるコミュニケーションが難しいと感じる時もあるから楽器がいい、作りたいと思った」と、かよちゃん。
なぜか私たちは、「楽器」を前にすると「技術」や「うまさ」を求めがちで、

「うまい人が弾くもの」や、「弾けるから弾く」と無意識に思ってしまっている。

でも、かよちゃんは、「技術がなくちゃダメというイメージが少なくて、誰でも叩ける」という意味でも「太鼓」がよかったし、道とかに置いてみんなに叩いてほしいと思ったんだって~。

すごくな~い??


私はこの話を自分だけで聴いているのはもたいないと考えて、かよちゃんに、

みんなの前でお話してくれないかな? とお願いし、

快諾してもらったのでした。
さらに、就職活動(働く場所の見つけ方)についても面白い話が聴けそうです。

 

そして、他にもお話してくれる方をスカウト中。

フィリピンに行った時のお話。こちらもすばらしいんだ~🌷

 

こんなことを、少しずつやっていきたいです。

みんなで楽しく明るいほうへ。

温かい、春の訪れを一緒においわいしましょう🌸

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かよちゃん画の私。現代文のノートのらくがき。あやしい表情がお気に入り。

 

家に数日間エンドレスで引きこもっているときのこと

 

「沼にはまっていた」とか「ナマコだった」とか「外用の自分とのギャップにやられているのだ」とか、家に数日間エンドレスで引きこもっているときのことをいろいろ言ってみる。

 

でもなんか違和感がある。

去年(本を出すまでの1年間)はそれでよかったけど、今ここに来てのこれはただ「サボっている(怠惰)」と、「すねている」というのがどうも正しそうだ。

ということは自分でもうすうす感づいていた。

 

予定がなくて外に出ないと朝起きなくてそのまま起きない。

・・・・・・以下略。

(数日間エンドレス引きこもりの詳細は今回はやめときます。)

(作家の山崎ナオコーラは、〈キラキラとした活動期間のことではなく、「ナマコ」期のことをこそ書いてほしいのだ〉と言っていたから今度書きます💡)

 

ゴールデンウイーク~の1ヶ月の間に、家の用事で頻繁に名古屋に行っていたことは「しごと」と見なすことにしていたが、いよいよそれも大詰めの段階になってきて、「しごと」に集中していたぶん(?)こちらに戻って来ると妙にぽっかり時間が空いてしまったような気がしてぼうっとしていた。

その隙間に「怠惰」と「すね期」がやって来て、ただサボったり、「どうせ書いたとて」という馴染みの幻聴が持病みたいにおとずれた。

その間はSNS系はご法度でお休み。

こりゃあメゲちゃうわけだよねと他人事のように思ってやり過ごしていた。

 

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マイソウルタワー(??)名古屋のテレビ塔でーす。

 

名古屋では、限られた日程の中で、安く身軽に行動したかったためにパソコンを持っていかなかったことや、人と過ごすことがほとんどで集中して物事について考える時間がとれないことが続いて書くことは早々と断念していた。

これは人生のなかの「体験の時間」「インプットの期間」「『ハレ』の空間」なのだと自分に言い聞かせていた。

 

「ハレ」空間では、時間に追われて忙しく、疲れるけど、スケジュールにのっとって流れに任せていればよく、深く思考したりまとめたりする必要がないうえに何かやっている感も味わうことができて満足した。

心地よい疲れってやつだ。

何より、私は一人じゃないのが嬉しいのだと思う。思わずはしゃいで、友達や家族と共に時間を過ごしていた。

 

「ハレ」の後には「ケ」の空間がやって来る。そこに「怠惰」と「すね期」がやってきたというわけだった。(分析終了)

 

今回書きたかったのは「ハレ」⇔「ケ」の分析のことではなくて、「怠惰」と「すね期」の反省でもなくて、

「怠惰&すね」によるエンドレス引きこもりを自分の力で終わらせるべきだ!! ということなのでした。

(珍しくまともなことを言おうとしている……。)

 

「今朝、宝塚の魔法使い(整骨院の先生)のところに行く」という予定を入れていたから、そもそもこの水曜朝がストッパーになることはわかっていた。

それをいいことに(?)、私は日曜日も月曜日も火曜日もエンドレスヒッキー(ヒッキー古……)でいつづけた。

(ちなみにエンドレス中はごはんもあんまり食べない。)

 

しかし今回、その終わりは火曜日の夕方に友達からの「カレー食べに行かない?」というお誘いによって強制的に早まったのだった。

呼ばれて出掛けて行ってカレーを猛然と食べ、あまりのおいしさに感動し、喫茶店に行ってひと休みしてから、心の中にわだかまっていたこと(「すね期」の理由)の断片をぽつりぽつりときいてもらった。

思う以上に励まされ、それらがたぶんお世辞ばかりじゃないのだとすんなりと思うことができた。

それから友達の思いがけない話をきいたりした。

そこにいない人がただよっているような、不思議でとてもいい夜だった。

私はまた書こう、毎日書こうと思った。

友達には、沼(じゃなくて「怠惰」だって)から引っ張り出してくれてありがとうだし、すごいなと思う。

そして、それは自分で(も)やろうと思った。

・自分で自分を引っ張り出すこと。

・引きこもり(疲れて自分のスイッチを切る状態)をしてもいいけど、エンドレスなのは自分で終わらせること。

このことは反省だな、と思った。(まともなこと言ってる。)

 

引きこもっている間、マーキーさんのラジオを聴いていた。

マーキーさんのリスナーで、ラジオを聴いて私の本を知り、買って読んでくれたKさんがいつも通りにおたよりしていて、聴いていたら谷六の(天六だったかな……?)天ぷらうどん(だったかしら……すぐに忘れてしまう😢)が食べたくなった。

私の外で日常は変わらず流れていてKさんは元気なんだなと思ったらなんかほっとした。

夜中に思いきってTwitterをあけて流し見ていたら、友達が「しばらく潜っていましたがそろそろ外に出て息をしてみようと思いますやさしくしてね🐡」と書いていて、なんだみんな同じなのかとまたほっとした。

 

合間に、ヒロティー(DJのヒロ寺平さん)の引退を知った。

ヒロティーのやっている朝のラジオは(寝てるから)全然リスナーじゃないくせに悲しくなった。

別れは死でこわいとやっぱりどうしても思ってしまう。

私はミーハーだから、残りの放送はできるだけ聴こうと思う。

 

それで今朝、宝塚の魔法使いのところに行ったら……。

つづく

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ここがどこかわかんなくなる場所(神戸です!)

寺尾紗穂さんのライブ 祖父のこと、亡くした人たちのこと

 

 

生き死ににまつわることに関するとすぐに泣いてしまう。


古くは23か24才の大学院生の時、祖父が亡くなって、葬儀で私はひとりで大泣きしていた。

周りが引くぐらい。

呆れて伯父に「おい大丈夫か」といわれるぐらい。(これはとても冷たいと思った。)

それでわれに返ったけど、泣くのをやめることはできなかった。
あこがれていて、好きなじいちゃんではあったけど、そんなに仲が良かったかと言われるとそれほど近い間柄でもなく、「たいていの大人になった女の孫と祖父の距離感の平均」……と書きかけてふと、年上の従姉妹たちのことを思い出したら彼女たちは私よりはるかに親し気に接していたし(彼女たちの明るさ!)、祖父の認識もそうだったと思う。

 

でも、退職後に趣味のカメラを持って興味の赴くまま外国も含め飛び回り、

仲間としばしばグループ展を開いていた姿は私にとってあこがれで自慢だった。

年を重ねるごとに、「次は高校だね」、「来年大学受験だよね、がんばってね」、「就職しなくちゃね」といった普通のことを言ってくる他の親戚と違い、

祖父は事あるごとに「好きなことをしたらいい」と言った(孫全員に言っていたとは思うけど)。

それは、小さい時からずっと「好きなことをしたい(書く人になりたい)」とひそかに思っていた私にとってやっぱりあこがれの姿で(孫にそんなことを言うおじいちゃんになりたい)、救いのような存在だった。

今思えば、他の人々がせっせと常識的な声かけ(「めぐちゃんも来年は受験生だね!」)をしていたからこそ、祖父は自由に好きなことを孫に言うことができたのかもしれない。

あるいはその反発か。そうだったらいいなと思う。

そこらへんのことは私にはわからない。今だったら聞けたのになとか思う。


祖父の葬式で、自分のほうが死ぬんじゃないかっていうほど泣いたのにはもうひとつ訳がある。

それは、私にはお見舞いや、病院に通う母や伯母の手伝いにあまり参加しなかった負い目があったからだった。

なんで病院に行かなかったかというとあまり理由は無くて、ただ自分のことを優先していただけだ。病院は手持ち無沙汰で、見るたびに痩せてゆく祖父の姿は悲しかった。

「今日、〇〇ちゃんが病院に来てくれたよ」と母から従姉妹たちの動向を聞くにつけても私はただ罪悪感をつのらせるばかりだった。

そんなわけで、ほとんど初めて遭遇する「親しい人の死」ということもあり、対処不能で気持ち悪いぐらい泣いていたという思い出。


「祖父の葬式で今日は授業を休んでいる」と人伝に聞いたタイ人の友達が私に送ってくれた、「魂をあまりにも失わないでください」というメールは今でもよく覚えている。

私があんなふうに「泣き女」(台湾とかでお葬式にやって来る『泣き職』専門の人)と化しているなんて知らなかったはずなのにすごいなあと思ったし、

(喪失の)悲しみに暮れる人を絶対に放っておかないやさしさというか彼女のポリシーのようなものはその時からずっと変わっていなくて、私は今も支えられているのだと思う。

 

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寺尾紗穂さんのライブは、喪失や孤独をともに味わうような時間だった。
耳にきこえてきたどの言葉を拾い上げても、私の頭は「人との究極的な別れ(=死)」を連想して泣いてしまうのだった。


◇最後に会えないまま別れた人たちのことを歌った歌は、友達と友達のばあちゃんのことだと思った。
◇「あの日、ぼくは死ぬよといって そして今生きてる」という歌詞には、自分や、今も死を意識して生きている何人もの友達を重ねた。
◇「愛のかけらをひとつずつ拾う私のたよりなさ」という言葉には、自分や、そうやって言いそうな友達の顔を浮かべた。

一緒にライブに行った友達が、寺尾さんの本(『彗星の孤独』)を読んで

「迷っても、途中で変わってもいいって言ってくれているように思った」

と言っていたことを思い出した。
◇「あなたの骨壺持ちたかった」という歌詞には、ばあちゃんの骨壺を作ろうとした友達のことを思った。それから、喪主になりたい自分のことも。

 

合間のお話の中で、一年前に亡くなった寺尾さんのお父さんと、家族と絶縁してそして死んでしまった男性のことが語られた。

寺尾さんは、「みんな孤独だけど、誰も完全な孤独の中で生きていくことはできない」と言った。


どの歌か忘れてしまったのだけど、ついには、昨日や今朝名古屋で会って別れてきた家族たちのことが思い浮かびながら泣き、ここまでくると自分でもさすがにやりすぎだなと思った。

みずから泣きに行っているし、これ(家族を思い出す)に関しては「悲しみ」とは違う感情で、そういう家族に関する‟充実“みたいな感じ方はすごく恥ずかしいと思ったから。

(でもやっぱり今は家族のことがとても好きなので、そういう感情を許してもまあいいのかなとも思う。)

 

美しく、迫力のある声と、ピアノにも泣き、言葉じゃないんだなとやっぱりやっと思った。


わからないことやどうしようもないことについて歌っているのかもしれない。
言葉にするとまた違ってきてしまうのかもしれないけれど。

 

よく泣いた一夜でした。これを書きながらまた泣いているんだけど。

 

🔘寺尾紗穂「迷う」、「いくつもの」、「骨壺」、「あの日」、「楕円の夢」、「たよりないもののために」、「何にもいらない」を聴きながら書きました。

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サインをもらってお手紙を渡して少しお話しました。とてもやさしかった。

memo✎

・言葉とは限らないのだということ
・相手との共通の言語、チャンネル
・求めているから得られるということ
・書いたことしか覚えていないのかもしれない/書くとそれ以外のことを忘れてしまう