むりむりちゃん日記

私が孤独なのは私のせいではない

バナナケーキの夢③

(「菜の花の苦み、トマトの甘さ②」の続きです。読んでなくても。)

 

作家はエッセイの中でそのバンドの名前を明らかにしていなかった。

音楽に疎い私の頭には何もヒットせず捜査は難航したし、それとは別の理由で切なくなった。

 

それは、ある友人のことを思い出したからだった。

フェスに一緒に行っていた友達で、私に今推してるバンドの解説をしてくれたり、カッコつけた変な歌詞が聴こえてきて一緒に笑ったりした。‟モッシュ”のことを教えてくれて、「巻き込まれたら危ないから気を付けて!」とか教えてくれた(そんな最前線に私は行かないんだけど)。

私はいつも見たいバンドが特に無かったり(なぜ行く)、暑すぎてすぐに死んだりしていたからわれわれはしばしば別行動で、私にはそれがとても気安かった。

私が海沿いの日陰で横たわっている時、彼女は複数の会場を忙しく移動していた。

私がステージの遥か遠くの芝生で赤く染まっていく空を見ながらようやく吹いてきた風に乗って流れてくる知らないロックを聴いてビールを飲んでいる時、彼女は同じステージの最前列で波にもまれて拳を突き上げていた。

それはとても自由で幸福な時間だった。そんなふうにして私はフェスの楽しみを知った。

そのバンドが誰なのか知りたいと思ったとき、本当はいちばんに友達の顔が浮かんだ。私がつかんだ情報だけで彼女なら即座に言い当てるだろうとわかったしその光景も浮かんだ。

でも私は聞かなかった。

友達は夏に結婚し、この前妊娠したと言っていた。少しずつ離れていく。人も関係も変わっていく。

 

けど、まあこの時代において実際の捜査はそれほど困難ではなかった。

私は何も知らなくてもネットが全部教えてくれる。必要なのはどうしても知りたいという執着だけなのだと思う。突き止めたいという癖(へき)。

エッセイには作家の人生に重ねて、バンドの大体の活動時期や休止期間、ライブハウスの名前、チケットの入手困難なことなど、情報が断片的に書かれていた。

それらは私がここに作家について名前を伏せて書いてきたのと同じぐらいの量だったと思う。つまり、少し本を読む人ならわかる程度のことで、言いたいのは固有名詞ではないから別に書かないみたいな感じなのかもしれない。

そこからバンドの歴史の中で起きた象徴的な出来事が実際には何年のことなのかを割り出し、何度かネットで検索を掛けたらすぐにこれだと思うバンドがヒットした。

 

YouTubeでは、口の大きなボーカルが楽しそうに歌っていた。

観客は興奮のあまり人の上に乗りあげたり押し合ったり押し寄せたり渦を作ったり、つまりモッシュだった。

彼らの歌は英語も日本語も含めて、一体何を言っているのか何度聴いてもわからなかった。

朝起きて、寝過ごしたことに気付いて、自分はいつも間に合わないのだということや、女の人(女神かも)が来てくれたのに気づかなくてそのままチャンスを逃しちゃったどうしようとか言っていた。

他には、こんな星の夜は友達に会って話したいんだとかそういうこと。(この歌がいちばん好き。)

言っても言わなくても同じようなことで、言われたらわかるような気がした。そしてたぶんわれわれは同じ側なんだろうということはわかった。悩み系?

続けて聴いていたら「諦めないなら焦ることもない」とか言うからつい泣いてしまった。それですぐ、私の安い感受性(すぐ泣く)でもわかるような曲であることに安堵するとともに、少し侮るような気持ちになった。

作家は、私のこの自分でも信用の置けない感受性と同じレベルで泣いたり感動したりしているのかな? 本当に?

 

 

同時に、作家がこのバンドを好きなことはわかるような気もしたし、さらに驚きもしていた。

想像では、もっとぎりぎりの瀬戸際で死に直面しているような曲か、完全にイキきったヘビメタや謎のインストロメンタルを貫くとかの方がよほどそれっぽかった。

それなのに、実際は私にもわかる系? わからないけど。

 

わかるのは、とにかくやさしい曲だということだった。同じようになんかとても苦しんでいるのだけど、やさしかった。苦しみの表し方が作家や私とは違うのかなと思った。孤独とやさしさはロックの基本なのだろうかとか考えたりもした。

そして私は嬉しかった。作家が孤独で苦しい時代(今も)をそのバンドが少しだけでも癒していたことや、一人だけど一人ではなかったことを知り、よかったと思った。それから、作家を癒していた彼らの音楽を聴いてわかると思ったこともなんだか嬉しいと思った。

 

今日ラジオでウルフルズの『バカヤロー』が流れた。あのバンドの曲と似てる。たぶん同じことを言ってると思う。って思った。(自分で説明できないからウルフルズにまかせる。)

 

捜査が終わる前に、私が友達と行っていた頃の数年間のサマソニのラインナップを調べた。新バンドだったけどやっぱりそのバンドは出ていて、名前を見つけた時胸がぎゅーっとなった。

f:id:murimurichan:20190228021921j:plain

「食べたい」って言ったらたぶん「食べ?」って言ってくれる関西弁が好き。