むりむりちゃん日記

春が来てあちこち出かけていろんなこと始めてます~🌷

引っ越しと鴨川と小説のような7月の始まり

引っ越しに関する母の手伝いの申し出を断ったからには一人で何とかしなくちゃいけない気がしたし、何とかしたかった。たとえそれが苦手なことでも。

 

遅々として進まなかったマイ引っ越しは、ついに前々日の深夜に「ゾーン」みたいなモードに突入した(引っ越しにそんなのあるのか知らんけど)。

だれも止めてはならぬみたいな、今この流れに絶対乗るべし的な。

このゾーンに入ってからの意識はほとんどない。

 

とにかく段ボール箱を成形し、ただ詰めた。

数日前の「え~段ボール組み立てって何? どうするの? いやいや、ガムテープを十字に貼るとか何それ~」といったような、自分でも何言ってたんだかよくわからないお嬢発言の人とは思えない熟練ぶりで無言のまま段ボール底にガムテを3秒で十字に貼り、軽快にひっくり返しては次々と物を詰め込んだ。

コツとか苦労したことは何かとかの細かい記憶はほぼなくて、次の引っ越しに活かせそうなメモは全くない。ただ体が覚えているのだと思う。……プロっぽいでしょ。

 

引っ越し当日もまだ箱詰めていて(ぜんぜんプロじゃねー)、引っ越し屋さんよ遅れてきてくれてセンキューといった感じだった。

 

引っ越してきてからも、この新鮮かつ謙虚なムードを持続させるために、らしくなく休みなく、片づけたり部屋作りをしたりしていた。

……ことによる熱中症(また)で、鴨川でやるという週末の5時間あまりの授業は、全然自信がなかった。

 

前日、ヨガには行った。先生が、「考えない時間を作らないとダメですよ。考えると脳が動いてエネルギーを使うから。考えちゃダメ。無視して」と言っていたのがいつになく心に響いた。

 

冷えピタとか水とかゆるい服装とか、できるだけの準備をして、むりになったら途中で帰ろうと決めていた。

鴨川にある大きな木の下に着いたら、「ユニちゃーん」と声をかけられた。それがもううれしかった。

日焼けとか熱中症とか虫とか強風とか、いろんな心配を一緒にしゃべりながらちょっとだけ共有した。

ひとりだと不安とストレスで考えすぎるばかりになることが、こういうふうにしてやわらいでいく。

そのことを経験するのが、ここ(世界文庫)に来てもう何度目になるのだろうと思う。

ありがたく、助けられている。

 

総勢40人の自己紹介は対岸の声が聞こえづらくなって、でもみんな聞きたいから伝言ゲームのようになった。聞き取った人がリピートしてみんなで知った。自分が聞こえなくても誰かが聞いていて教えてくれた。

なんていい空間なんだろう。自分だけでしなくちゃいけないわけじゃない。できなかったことは誰かがやってくれている。その逆もある。それって、引っ越して今私が目指したい生き方だと思う。

おいしくてかわいくておいしいお弁当の中のひとつひとつに、反射みたいにあがる感動の声(「うま!」「かわいい!」「なんでこんなにごはんがおいしいんだ!」)と、伝言ゲーム。

不思議で静かな波のような広がり。

 

儀式になったYちゃんのジャンベdeどんぐりころころ」は、みんな始まる前からそわそわして、言われる前からもう立ち上がっていた。

「Kちゃんが普段はたらいているあそこに見える比叡山からどんぐりが落ちてきて、目の前の鴨川にはまっちゃってさあ大変!」

なーんて、今まで思ったこともないことが、あの時あの場所でYちゃんに言われると簡単に想像できすぎてびっくりした。

今この瞬間の景色や人、そこで起きる出来事に私たちは興奮するし、愛着を持つ。だから、そのことを丁寧にすくいあげて示すYちゃんの愛情深さに、私たちは(いつも)感動して尊敬するし、それをみんなで一緒に味わえるのが貴重で幸福だと思う。

このことが当たり前なわけじゃないというのは、地震があった後だから思うことかもしれない。

喜びとか祈りとか感謝とか希望のような時間。

  

個人的なことで、じんわり嬉しかったことがあった。

先週、Aさんが書道家のHさんに依頼していた「寄贈」のかっこいいハンコがもうできあがっていた。

引っ越しに際して私が手放したお料理漫画(よしながふみきのう何食べた?』)をAさんをはじめ、何人かの料理人さんたちが共有してくれることになった時、料理人さんたちが「図書館みたいに『寄贈』のハンコを押そう! ユニコさん、名前書いてね!」と提案してくれた。

このことの全部に感動した。

ハンコを押そうというアイディア。Hさんの文字。

私は単に、好きだけど持っていられなくなった漫画をもらってもらっただけなのに、もう大切にしてくれていることがわかるような、粋で心のこもった行動。

……こんなことがあるのかな?? 言葉にうまくできなくなった! 

言葉にあらわせないことがある、って一昨日SONGSで宇多田ヒカルが言ってた……。

このことかー!

 

・緑と紫とピンクの髪はただただかわいい。言葉はいらない! でも言いたい。

・サングラスや金髪ガールズのトークを憧れながらきいた。

 

先生に言われた「子どもの頃好きだったもの」を考えるのは手間取って、常に優勝を狙う私の固くなった頭がそうさせるんだけど、みんなはシュシュシューッと書いて、他の人のに「それはなあに?」と聞いてアハハと笑ったりワカル~と言ったりしていた。

 

隣のYさんは圧巻のスピードで、あれもこれもそれもどれもらんらんらんっ♪ といった様子でこなしていき、私のリクエストにも軽ーく応えて10秒ぐらいでヨガガールの人形を作ってくれた。いつまでも呻吟している私はその軽やかさに圧倒されて、もうなんか笑っちゃった。

これもまた、自分が頑張らなきゃ(ガンバリタイ・優勝したい)、という思考だけじゃなくていいんだなと、思えた瞬間だった。任せていいし、たゆたっていていい、それこそまさに、考えずにぼーっとしていていいといったような。

(Yさんは、シンガーで、ヨガの先生! わかる気がする。)

 

黄色のお弁当箱と黄色のTシャツ。

冷たくておいしいコーヒーと繊細なお菓子。

少し弾かせてもらったウクレレ

 

ワークショップのチームで作った作品は「太陽ツリー」と名付けられた。

名前も、布も、太陽も、みんなが好きだったものも、人間も、摘んできた花も、草も、みんなかわいかった。

先生が既製品をこえることの難しさの話をしてくれた。

自分たちがしたことに、そんな意味や挑戦があったなんて知らなかった。

みんなで儀式みたいに祈りながら写真を撮った。

 

結果や効果のわからないことを、思いつくままみんなでやる時間は、まるで小説みたいだった。あ、小説のような。

遊ぶってこういうことだったな。ずっと忘れてた。

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ゆるぎないYさんのヤシの木のポーズと、迷いある私の足上げたポーズ