第1回退職記念お話会① @神社 3月25日(日)11:40~
張り切り結婚式気分で、9:00に今回のスタッフ~(ディレクターとAD)を呼び集めて公民館で打ち合わせ。
本日の概要を説明し、「以上!」と言ったら、
「今やることってそれだけ? 集合早いわ!」としかられる。
ひまなので神社に移動してロケハン、小物準備、リハーサル、おしゃべり。
この日のために手に入れた自撮り棒をみんなで習得する。
神社のそこここでイベントをしていておもしろい。
ミニバスケ講習会、クイズ大会、人形劇、はがきづくり、森林探検。
一週間前に来てみたときは閑散としていた。
今日はアートで、いい雰囲気。
スタッフで記念撮影。
快晴の青空と赤い拝殿がきれい。
快晴元年の始まり。
「次の元号は「快晴」なんだよ。『H』みたいに『K』って書くんだよ~」
とADに言ったら信じてくれた。
そういうところが好きです。
公民館に戻ろうとしたら聞きに来てくれた友達と遭遇する。
来てくれた! うれしい!!感動する。
ちょこっと早い到着かな??……あ! そういえば案内のはがきを何回も作り直す過程で、集合時間を2パターン作っていたんだった。ひとりでやると間違える。
出会えてよかったよー。涙
公民館で予約したいいかんじの和室に荷物を置いて再び神社へ。
友達発見できるかな。
藤棚の下に、愛知県からやってきた友達が座っていた。
ここで会うのは不思議な感じ。そして本当に来てくれるってうれしいな。
その後、もう一人、愛知からはるばる来てくれて拝殿の前で出会い、みんなをみんなに紹介する。
時間を過ぎても少し待ってしまったけど、ほかには誰も来なかった。
気を取り直して集中する。せっかくの場だから、話したいことを話さなきゃ。
藤棚の下の椅子に座ってもらって話す。私の背後には小さな鳥居と林があって、いい感じがする。外で話すっていいな。
お話の内容は、
《今回のお話会の取り組みを通して私が学んだことについて》。
友達さがしが大事だと気付いたけど、今までシステムの中(職場)でしか生きてなかったし、疲弊して外の友達との交流を怠っていた。
自分で全然助けを求められない私。「助けて!」って言うの苦手。
恥ずかしい。迷惑がられたくない。断られたら傷つく。
それでも、卒業生に相談に乗ってもらったり、友達に話して助言をもらったりした。
まだまだ勇気が出なくてへなちょこなんだけど、やってみたら、助けてもらえることがわかった。
そしてそれは、空想のなかで求めていたような、
「オンリーワンのベストフレンドの発見」ではなくて、
「断片的に部分的に助けてくれる何人もの友達との出会い」ってことだった。
こうして来てくれる人もいる。
生きやすくするための技法=人に「助けてほしい」と言うこと。
みなさんこれからもお願いします。
というお話。
なんだか緊張した。教室での授業や、これまで校内の講堂でやった一斉人権授業でお話するのとは、やっぱり全然違った。
好意ではるばる来てくれた人々に応えられる内容か、
場所はどうか、
三角帽子配ってみんなでかぶるとか変じゃないか(変です。)、
あれこれ急に自信がなくなった。
真剣に一気にしゃべってしまった。1回目の緊張もある。
外で集中して深い話をするのも、されるのも大変、ってことを感じた。
歌のコーナーになって、ひとりでやるのもな~と思い、
友達に詰め寄ったら(「この歌知ってるでしょ!!」)、
彼はたじたじとなっていて(「あんまり知らないヨ……」)、
その姿を見た瞬間、自分の強引な感じに気付いて笑えてきて、急に力が抜けた。
すると、みんなも笑った。よかった。そういうことか。
三角帽子をかぶったままみんなで拝殿前に移動して記念撮影。
一生懸命自撮り棒を三脚に取り付けようと悪戦苦闘している私に、
友達「今こそ人に頼む時!!」
私「むりーーーーー」
みんな「なんで! 今言ってたばっかなのに!」
私「やだーーー」
その隙に、いつも助けてくれる友達が通りすがりの人に声かけてくれた。
その人もまた、すぐに快諾してくれた。やさしい・・・。
みんなに助けられて生きているなあ~
僕らは自由を 僕らは青春を
気持ちのよい汗を けして枯れない涙を
幅広い心を くだらないアイデアを
軽く笑えるユーモアを うまくやり抜く賢さを
眠らない体を すべて欲しがる欲望を
大げさに言うのならばきっとそういう事なんだろう
誇らしげに言うならばきっとそういう感じだろう
(奥田民生『イージュー☆ライダー』)
森の学校みたい~△▲
後日談
実はこのとき、思いもかけないことが起きていたのです~