第1回退職記念お話会 その後
「その後」から書くとは。本編を書きなよ。笑
書きたいけど、喫緊の問題が浮上した。(すぐ浮上する。)
離任式出席も不安定な情勢の今、余計、やってよかったなあと思う。お話会のこと。
それとこれとはまあ別なんだけど。
自分が考えてしたいように動いたら、つまり自分がしたいことが何なのかちゃんと確認できた。
自分がしたいことをしてするっていうのがどういうことなのか、自分で体験した。
もし、お話会という経験を経ず、ただ公的に設けられた場(離任式)への出席を阻まれるだけだったとしたら、今ここまで自分の意志を持って動けなかったかもしれない。
昨晩、職場の同僚っていうか友達から、「離任式出欠表一覧」の私の欄が「×」にされていたとの情報を聞いて絶望した。出欠の意向とか尋ねられてないよ。
でも、すぐに職場の友達たちにLINEして助けを求めたら、口々に「明日聞いてみる」と言ってくれた。
◍したいことを実現するためには、勇気を出して人にお願いしていくこと。
◍いろんな人に頼むこと。
◍そして、あとからお礼すること。
というのを、お話会の準備や実施を通してすごく学んだ。
やってみて、
「結婚式」(のつもりでお話会をした)っていう究極の自分本位的儀式は、やっぱり私にはとても無理だな~笑、
と改めて知ったけど、その、なりふりかまわず目標に向かっていくやり方から抽出して、ちょっとだけ習得した技法が、この会の大きな学びだった。
自分を生きやすくする技法=人に頼むこと。
「生きる技法」だな。またしても安冨先生。
人は、私が思っているほど冷たくなくて、「助けてください」と言ったら助けてくれる。
「わがままな奴め」とか「自己責任ガー!」とか言ってきたりしなくて、
私が「したい」と言ったことについてはなるべくそれができるように手伝ってくれると知った。
「したい」の内容をそこまで精査して超共感! とか、命懸けで協力!! とか、
そんなんじゃないけど笑、多少へんてこだったり、その人が見たことがないことでも、私が「やりたい」と言ったら助けてくれた。
とてもふつうに。ひょいっと。「うっす!」って言って。そゆことなんだな~。
そしてそれが友達。
それって、今回のパワハラの一件で確認した、
「嫌(=したくない)」と言う人に強制しないこと
と表裏一体だと思う。
その人が「したい」ということに対しては手伝って、「したくない」ということについては、別の方法を考えたり、しなくていいように助けること。
別に、その奥にあるその人の思想を心底理解するとか共鳴するとかじゃなくて。
目の前の人を大事にするって、そういうことな気がする。
上の人は「やれ!!」と(リアル)迫って追いかけてきたけど(バス停まで)笑、
友達は強制しないもんなあ。
「嫌」って言ったらすぐに、「そうやな~じゃあ他の方法は、えーっと・・・」って言ってくれる。
「社会人なんだから」とか、「担任(先生)として」とか言わない。それなんだよね。それだけでいいんだよ。
追記:
離任式には出られそうです。
仲間が掛け合ってくれたり、取り乱す私のグチを辛抱強く聞いてくれたり、慰めてくれたり励ましてくれたおかげで、ちゃんと自分で交渉できた。
泣けるっっ
生きていける。
お話会のことも書きます~
三角帽子は友達の証。▲△